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東京地方裁判所 平成9年(ワ)9248号 判決 2000年2月28日

原告

齊藤弘

被告

アラム・クリシッド

主文

一  被告は、原告に対し、金二八四六万五八三一円及び内金二五七七万一二四〇円に対する平成九年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、一〇分の三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億〇五三九万四〇〇八円及びこれに対する平成九年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、道路を横断中の自転車に乗った女性が、乗用自動車にひき逃げされて死亡した交通事故について、死亡した女性の相続人である夫が、加害車両の運転者に対し、損害賠償の一部の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成八年四月三〇日午前一時一八分ころ

(二) 事故現場 東京都板橋区小茂根四丁目二五番二五号先

(三) 事故車両 被告が運転していた普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)と、齋藤タイ子(以下「亡タイ子」という。)が乗っていた自転車

(四) 事故態様 事故現場において、被告車両が右自転車に衝突した。

(五) 結果 亡タイ子は、本件事故により頭蓋骨骨折等の傷害を受け、平成八年四月三〇日午前三時一五分ころ死亡した。

2  責任原因

被告には、本件事故発生について過失があった。従って、民法七〇九条に基づき、亡タイ子及び原告に生じた損害を賠償する責任がある(原告が主張する責任原因は、民法七〇九条に基づくものと理解できる。)。

3  遺産分割

亡タイ子の死亡により、夫である原告のほかに、父母である佐久間正人及び佐久間フミが、亡タイ子の被告に対する損害賠償責任を相続したが、平成八年五月一九日、この三名により遺産分割協議がなされた結果、原告が、右損害賠償請求権を、相続時に遡って取得した(甲五)。

4  既払金

原告は、平成九年四月一六日、自賠責保険から三〇二七万〇一二〇円の支払を受けた(甲一〇)。

二  争点

1  被告の過失の内容及び亡タイ子の過失相殺の有無

(一) 原告の主張

被告は、被告車両を無免許で運転し、制限速度を約一〇キロメートル超過する速度で走行した。そして、指定方向(右左折)外進行禁止の規制がなされている交差点を、その規制に関する道路標識を無視して直進し、かつ、前方注視を怠り漫然と運転した過失により、亡タイ子が乗って前方を横断した自転車に被告車両の左前部を衝突させ、そのまま逃走した。

また、亡タイ子が、事故現場である道路を横断しようとした際、被告車両は、事故現場手前の交差点中央付近まで達しておらず、亡タイ子は、指定方向(右左折)外進行禁止の規制に従って被告車両が右折か左折をするものと信頼して横断したと思われるから、亡タイ子には何らの過失はない。

(二) 被告の主張

被告には、指定方向(右左折)外進行禁止規制の道路標識を見落とした過失があるものの、前方注視を怠った過失はない。そして、亡タイ子は、事故現場の道路を横断するに際し、被告車両が進行してくる方向に注意すれば、本件事故を回避することができたというべきであるから、亡タイ子にも、安全確認義務違反の過失がある。

したがって、この過失は、亡タイ子の損害算定にあたり、過失相殺として斟酌されるべきである。

2  逸失利益と慰藉料額を中心とした亡タイ子の損害額

第三争点に対する判断

一  本件事故の発生について

1  証拠(一二の1~5、6[一部]、7・8[但し、一二の8は一二の5と同一]、9[一部]、10~25、一四)によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場は、池袋方面(東南方面)から氷川台方面(西北方面)に走る放射三六号線(以下「本件道路」という。)上であり、本件道路と環七通りが交差する交差点(以下「本件交差点」という。)の北西出口に存在する横断歩道(この横断歩道上にはマンホールのふたが存在する。)から、氷川台方面に一〇メートル進行した地点である。その付近の詳細は、別紙交通事故現場図のとおりである。

本件道路は、幅員五・六メートルであり、南寄りに幅員一・一メートル、北寄りに幅員一・二メートルの各路側帯があり、車両通行部分との境界には白線が引かれている。池袋方面から本件交差点までの部分は、勾配率二パーセントの緩やかな下りとなっている。本件交差点内は、環七通りの中央が道路縁より約一〇センチメートル高くなっており、本件交差点を通過して氷川台方面に向かうと、勾配率四パーセントの緩やかな上りとなっている。

本件道路から本件交差点に進入する車両に対しては、指定方向外進行禁止の規制がなされており、その指定方向は右左折とされているため、本件道路を走行してきた車両は、本件交差点をそのまま直進することができない。この規制については、標識が設置されるとともに、本件交差点の手前には、路面に進行可能な方向が右左折であることを示す矢印が白線で引かれている。また、本件道路の速度制限は時速五〇キロメートルであり、池袋方向あるいは氷川台方向のいずれから進行しても、見通しは良い。

(二) 被告は、帰宅するために、前照灯を点灯させて被告車両を運転し、本件道路を池袋方面から進行してきたが、本来右折すべきであった他の交差点を誤って直進してしまい、時速約六〇キロメートルほどで本件交差点に差し掛かった。被告は、帰宅するには直進でよいか否かと考えていたため、指定方向外進行禁止の道路標識及び道路標示を見落とし、対面信号が青色であったので直進しようと考えて本件交差点に進入した。

そのころ、亡タイ子は、勤務先である病院から帰宅するため、本件道路の北側沿いを、氷川台方面から本件交差点の方向に向かい、前照灯を点灯させて自転車に乗って走行し、事故現場の手前において、本件道路を南方向に斜めに横断し始めた。

(三) 被告は、本件交差点に進入する時点で(衝突地点から約四〇メートルほど手前)、前方を対向してくる亡タイ子を発見することは可能であったが、前方注視を怠ったためにその時点では発見できなかった。被告車両は、そのままの速度で本件交差点に進入してきたために、本件交差点内の段差によって上下動し、西北出口の横断歩道上にあるマンホール等に被告車両の底部を衝突させてオイル漏れをした。そして、そのころ、本件交差点西北出口付近で、前方を北(右)から南(左)に横断する亡タイ子の自転車を発見して急制動をかけて右にハンドルを切ったが間に合わず、本件交差点の北西出口から一〇メートルの地点の南側路側帯部分において、被告車両の左前部を亡タイ子の自転車の左側面に衝突させ、自転車のサドル部分からさらに八〇センチメートルほどの高さまではね飛ばし、亡タイ子は、衝突地点から一二・四メートル氷川台寄りに転倒した。制動の効き始めた被告車両は、約一三メートル進行して停止したが、被告は、被告車両を再び発進させて逃走した。

なお、被告は、日本国内での運転を許される運転免許を有していなかった。

2  この認定事実に対し、被告が、本件交差点の中央付近で、本件道路を横断する亡タイ子に気がつき、直ちに制動措置を施したとする証拠(甲一二の9の中の被告の指示説明部分)がある。

しかし、被告車両の制動を表すスリップ痕は、甲第一二号証の9で指摘された発見地点から二一・五メートル以上進行した地点(衝突地点を過ぎた地点)から路面に残っており(甲一二の5、9、10)、発見からブレーキを踏むまでの反応時間が通常〇・七秒から〇・九秒であること(甲一四)からして、仮に最大一秒としても、被告車両の速度(秒速で約一六・七メートルになる。)を併せて考えると、本件交差点内で上下動をしたことを考慮しても、制動が効くまでの距離がやや長いことは否定できないこと、被告車両が、亡タイ子に衝突するまでわざわざ亡タイ子の進行方向に接近するように直進しており(甲一二の9、10)、亡タイ子の発見後の進路としては疑問があること、被告車両が、現実に右に回避するように走行したのは衝突後であり、本件交差点の中央付近で亡タイ子を発見したにしては、回避措置が遅いこと(甲一二の9、10)などの事情に照らすと、甲第一二号証の9のうち、本件交差点の中央付近で亡タイ子を発見したとする被告の指示説明部分は、直ちには採用できない。

また、被告が、いったん左にハンドルを切ったとする証拠(甲一二の6)があるが、漏れたオイル痕は、左に寄りながら直進した後は、急に右に曲がっており(甲一二の10)、左にハンドルを切ったとする右の証拠は、オイル痕の客観的経路と明らかに反するもので採用できない。

その他、1の認定事実を覆すに足りる証拠はない。

二  責任原因の内容及び過失相殺について(争点1)

1  一1で認定した事実によれば、被告には、制限速度をやや超過した速度で走行した上、前方注視を怠り、指定方向外進行禁止標識を見落として本件道路に進入し、かつ、亡タイ子の発見が遅れて本件事故を発生させた過失がある。

これに対し、被告は、前方注視義務はなかったと主張し、被告には、前方注視を尽くしても、結果回避可能性がなかったことを窺わせる証拠がある(甲一二の26)。

しかし、被告が、対向してくる亡タイ子を発見できた地点から衝突地点までの距離と、衝突地点が本件道路の南端に近い地点であることに照らすと、右発見可能地点で亡タイ子を発見して相当程度減速するなどの措置をとれば、直前で衝突を回避することが不可能であったとは思われず(右の甲第一二号証の26は、亡タイ子が横断し始めてからの被告の対応可能性を検討しているが、横断を開始していなくとも、対向してくる自転車の存在に留意して減速等の対応をすることは可能といえる。)、被告の主張は採用できない。

2  他方、亡タイ子も、被告車両の前照灯などにより、それが接近してくることを容易に確認することができたのに、それを怠り、本件道路を安易に横断した過失がある。

これに対し、原告は、亡タイ子は、被告車両が指定方向外進行禁止規制に従うものと信頼して道路を横断したもので、被告車両がこのような行動を取ることに対し、予見可能性がないから、亡タイ子には過失はないと主張する(信頼の原則を主張していることからして、予見可能性がないとの趣旨と理解することができる。)

しかし、指定方向外進行禁止規制については、標識が設置されているものの、信号規制などと同程度に遵守可能性を期待できるとまではいえないし、環七通りから右折や左折をしてくる車両は存在するのであるから、亡タイ子に、本件交差点側から走行してくる車両について、予見可能性がないとはいえない。加えて、亡タイ子が横断した地点には、横断歩道が設置されているわけでもないことを併せて考えると、本件交差点側から走行してくる車両の確認義務があるとすることは不当とはいえない。

したがって、原告の主張は採用できない。

3  これらの過失の内容に加え、本件事故の態様をも併せて考えると、被告と亡タイ子の過失割合は、被告が九〇パーセント、亡タイ子が一〇パーセントとするのが相当である。

三  亡タイ子の損害額(争点2)

1  治療費(主張額二九万二五二〇円) 二九万二五二〇円

亡タイ子は、事故直後、日本大学医学部附属板橋病院に搬送されたが、脳挫傷、頭蓋骨骨折、左下腿部骨折などの多発外傷により、すでに心肺停止状態にあり、心肺蘇生が実施され、治療費等(死体検案書作成費用を含む)として合計二九万二五二〇円を負担した(甲二、三、六の1~5)。

2  葬儀費用(主張額二四九万九九四九円) 一二〇万円

証拠(甲七の1~9)によれば、亡タイ子の通夜費用、告別式費用等の葬儀関係費用として、少なくとも原告が主張する二四九万九九四九円が必要とされたことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用としては、一二〇万円を相当と認める。

3  物損(主張額五万〇八〇〇円) 一万円

亡タイ子が乗っていた自転車は、ブリヂストン製のDESSINであり、全損したが(甲一二の11・12、弁論の全趣旨)、その価格は、新車価格及び時価ともに明らかでないし(原告は、新車価格について甲八号証を提出するが、これは、亡タイ子が乗っていた自転車と同一車種ではない。)、亡タイ子がどの程度の期間使用していたかも明らかでない。

したがって、物損の価格については立証が不十分といわざるを得ないが、時価が零とまではいえないので、一万円の限度で認める。

4  逸失利益(主張額一億一三五七万九三四八円) 三四〇九万八九九二円

(一) 労働対価分について(主張額九二一六万二一六八円) 二九七三万三三〇八円

(1) 前提事実

証拠(甲九の一~四、一二の14、一三、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故当時、建設会社に勤務していたこと、亡タイ子(昭和一四年一二月二〇日生まれで事故当時五六歳)は、本件事故当時、原告と二人暮らしであり、家事を行うとともに、昭和四三年一一月一八日から財団法人精神医学研究所(以下「精神医学研究所」という。)附属東京武蔵野病院に准看護婦として勤務していたこと、本件事故の前年である平成七年には、財団法人精神医学研究所から年間七六四万四八九八円の収入を得ていたこと、本件事故当時、精神医学研究所の就業規則においては、満六一歳をもって定年とされるが、満六〇歳に達した者が満六一歳前に退職した場合は定年退職とみなされること、亡タイ子が六〇歳まで勤務したとすれば、退職金として一一七六万九〇五二円を得ることができたこと、亡タイ子は、死亡により精神医学研究所を退職し、一〇四七万一六四四円の退職金が支払われたことが認められる。

(2) 精神医学研究所退職まで

ア 精神医学研究所における勤務分について

右の認定事実によれば、亡タイ子は、本件事故に遭わなければ、本件事故の翌日から、原告が主張する満六〇歳まで精神医学研究所に勤務し、本件事故後退職時までは、少なくとも年間七六四万四八九八円の割合による収入を得ることができたと認められる。

そして、本件事故当時、原告も会社勤務で収入を得ており、亡タイ子の収入額を併せて考えると、経済的には互いに扶養する関係にはないというべきである。しかし、同居により、単身生活に比してある程度生活費の負担が軽減されているということができるから、生活費控除としては四五パーセントとするのが相当というべきである。

したがって、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除すると(係数三・五四五九)、一四九〇万九四二四円(一円未満切り捨て)となる。

7,644,898×(1-0.45)×3.5459=14,909,424

イ 家事労働分について

これに対し、原告は、右の期間について、家事労働を別途金銭評価して加えるべきであると主張する。

しかし、亡タイ子のように、事故当時、平成八年賃金センサス・産業計学歴計・女子全年齢平均の収入である年間三三五万一五〇〇円をはるかに超える給与所得を得ている場合には、家事労働は、その労働時間に照らしても、自己が生活するのに必要な程度とそれほど変わらないというべきであるから、給与収入のほかにあえて金銭評価するのは相当でないというべきである。

したがって、原告の主張は採用できない。

ウ 中間利息控除の方式について

また、原告は、複利計算によるライプニッツ方式による中間利息の控除は、長期間の中間利息の控除において極めて歪みが大きくなり相当でないから、ホフマン方式によるべきであると主張する。

しかし、原告が主張する「大きな歪み」の内容は明確ではなく、ライプニッツ方式は、単利計算によるホフマン方式と比較して、中間利息の控除方法として不合理なものとはいえないから、原告の主張は採用できない。

エ 控除する中間利息の割合について

さらに原告は、現在の市中金利及びその上昇可能性、税金控除による不利益等の事情を考慮すれば、年五パーセントの割合による中間利息を控除するのは相当でないとも主張する。

しかし、物価の変動は種々の政治的、経済的、社会的要因によって影響を受けるものであるから、将来の物価の変動を予測するには困難を伴う上、資産の運用は国内のものに限定されず、元本の運用益に相当する遅延損害金が民法上五パーセントと固定されて特に改正されていないことをも併せて考えると、年五パーセントの割合により中間利息を控除したとしても、不当とはいえない(原告も、ホフマン方式によるとはいえ、年五分の割合による中間利息の控除をして損害の算定をしている。)。

したがって、原告の主張は理由がない。

(3) 退職金差額

(1)の認定事実によれば、亡タイ子は、本件事故に遭わなければ、精神医学研究所に六〇歳まで勤務し、本件事故から四年後には、現実に受領した退職金より一二九万七四〇八円多い一一七六万九〇五二円の退職金を受領することができたことになる。この差額の一二九万七四〇八円から、ライプニッツ方式により、年五分の割合による中間利息を控除して(係数〇・八二二七)事故当時の現価を算出すると、一〇六万七三七七円(一円未満切り捨て)になる。

1,297,408×0.8227=1,067,377

(4) 精神医学研究所退職後

亡タイ子は、本件事故に遭わなければ、少なくとも、八四歳までは生存することができたと推認できるから(甲一一)、亡タイ子は、本件事故に遭わなければ、少なくとも、平均余命の半分程度である一四年間(事故当時までの経歴に照らすと、六七歳までの一一年間は給与を得て稼働し、その後七〇歳までの三年間は金銭評価をすることができる専業主婦労働)は働くことができたというべきである。そして、本件事故当時の亡タイ子の収入は、平成八年賃金センサス男子産業計・学歴計・五五歳から五九歳の平均賃金である年間六五七万一二〇〇円(当裁判所に顕著な事実)を超えることに照らすと、亡タイ子は、六〇歳から六七歳までの間は、少なくとも、本件事故当時の年収七六四万四八九八円の半額である三八二万二四四九円の収入(平成八年賃金センサス女子産業計・学歴計・全年齢平均賃金である年間三三五万一五〇〇円を上回る額である。以上、当裁判所に顕著な事実)を得ることができ、その後、六七歳から七〇歳までの間に行うことができた労働は、平成八年賃金センサス女子産業計・学歴計・六五歳以上の平均賃金である年間二九七万一二〇〇円(当裁判所に顕著な事実)に相当するというべきである。

精神医学研究所を退職した後は、勤務当時の収入から相当程度の減収になるから、生活費控除は四〇パーセントとするのが相当である。

以上を前提にして、ライプニッツ方式による中間利息を控除すると(六〇歳から六七歳までの係数は、一一年の係数八・三〇六四から四年の係数三・五四五九を差し引いた四・七六〇五であり、六七歳から七〇歳までの係数は、一四年の係数である九・八九八六から一一年の係数である八・三〇六四を差し引いた一・五九二二である。)、一三七五万六五〇七円(一円未満切り捨て)となる。

3,822,499×(1-0.4)×4.7605+2,971,200×(1-0.4)×1.5922=13,756,507

これに対し、原告は、家事労働は八四歳まで金銭評価すべきであると主張するが、平均余命の半分程度を超える期間の家事労働は、その年齢から推測できる内容からして、逸失利益として金銭評価するほどのものとはいえない。

したがって、原告の主張は採用できない。

(二) 年金分について(主張額二一四一万七一八〇円)四三六万五六八四円

証拠(甲二二)によれば、亡タイ子は、本件事故に遭わなければ、受給権の停止事由がないかぎり、平成一〇年一二月一九日に老齢厚生年金の受給権が発生し、年間一八六万八〇〇〇円の支給を受けたということができる。

そして、便宜上、先に認定した六〇歳から六七歳までの収入である年間三八二万二四四九円の一二分の一を報酬月額として標準報酬月額を導き出すと、亡タイ子の老齢厚生年金は、六五歳に達するまでは全額支払停止になるということができるから(厚生年金保険法四二条、同法改正附則二一条二項、八条)、結局、亡タイ子は、六五歳から八四歳まで年間一八六万八〇〇〇円の老齢厚生年金を受領することができたというべきである。そして、その金額からして老齢厚生年金の多くは生活費として消費されるというべきであるから、七〇パーセントの生活費控除を行うのが相当である。

したがって、ライプニッツ方式により、その間の中間利息を控除すると(係数は、二八年の係数である一四・八九八一から九年の係数である七・一〇七八を差し引いた七・七九〇三)、四三六万五六八四円(一円未満切り捨て)となる。

1,868,000×(1-0.7)×7.7903=4,365,684

なお、被告は、六〇歳までに支払うべき掛け金と、原告が既に受領した遺族年金の額は控除されるべきであると主張する。しかし、いずれについても、その金額を認めるに足りる証拠はない(遺族年金については、原告が既に受領していることを認めるに足りる証拠もない。)。

したがって、被告の主張は採用できない。

5 慰藉科(主張額六〇〇〇万円、これは原告固有の慰謝料も含むものと理解することができる。) 二四〇〇万円

本件事故の態様(事故直後に逃走をしたことも含む)、亡タイ子の負傷内容、死亡に至る経過、被告が日本での運転資格を有していなかったこと、原告は、亡タイ子と二人暮らしであったこと等本件に現れた一切の事情を考慮すると、慰藉料としては、原告固有分を含めて二四〇〇万円を相当と認める。

6 過失相殺

1ないし5の損害合計額五九六〇万一五一二円から、過失相殺として一〇パーセントに相当する金額を控除すると、五三六四万一三六〇円(一円未満切り捨て)となる。

7 損害のてん補

過失相殺後の損害額である五三六四万一三六〇円から、自賠責保険より支払われた三〇二七万〇一二〇円を控除すると、二三三七万一二四〇円となる(原告は、自賠責保険が支払われる前日までの遅延損害金を算出しているものの、自賠責保険金は損害賠償金に充当している。)。

8 弁護士費用(主張額一一〇〇万円) 二四〇万円

審理の経過、認容額などの事情を総合すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、二四〇万円を相当と認める。

9 確定遅延損害金(主張額六二四万〇六九一円) 二六九万四五九一円

1ないし6、8の損害金合計額五六〇四万一三六〇円を基礎にして、平成八年四月三〇日から自賠責保険が支払われる前日である平成九年四月一五日までの三五一日間の遅延損害金を算出すると、二六九万四五九一円(一円未満切り捨て)となる。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害金二五七七万一二四〇円及び遅延損害金二六九万四五九一円の合計額として二八四六万五八三一円と、内金二五七七万一二四〇円に対する平成九年四月一六日(不法行為以降の日で、自賠責保険金が支払われた日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

交通事故現場図

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